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【要約・感想】千葉雅也『勉強の哲学』来るべきバカのために|勉強とはノリが悪いこと

千葉雅也さんの『勉強の哲学』を読んで、要約・感想を書きたいと思います。

ここで指す勉強というのは、国語や算数など学校で習うような勉強のことでもありますが、一番は人間として問いを重ねていくことについてです。

それは結果的に学校で習うようなことにもつながりはします。

 

ざっくり印象に残ったところを切り取って書いていこうと思います。

 ※本の要約は実際に出てくる例えではないものも入っていますが、意味としては基本的にあっているかと思います。まぁ、それぞれの解釈があるのが哲学ですが。

 

 

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要約

1.勉強とは自己破壊である

勉強をなぜするのかというと、深い意味では、新しい知識を手に入れて自分自身が自由になるという目的があると思います。これまで快適に過ごしていた自分の環境から、勉強をすることによって、新しい世界が見えてくる。例えとしては、高校から大学へ進学したときに、「おや?これまでの高校のノリと違うな」というのを感じたことがある人は多いと思います。これも、自分が快適に過ごしていた高校時代から、新しい境地に入ることで違和感を覚えている状態です。しかし、環境に適応しようとして同じような趣味を勉強したりして、いつしか快適に過ごせる状態になるとおもいます。この本ではまさしく、そのような状態をすべての勉強に当てはめているというわけです。

これまでの自分に対し問いを重ねていくことで自己破壊を行い、そして問いを昇華させ再構築することで自分自身をアップデートしていくことを繰り返すのが勉強という風に位置付けています。

 

2.自分とは他者によって構築されたものである

1で書いたように、自己破壊をすることは容易でありません。なぜなら、自分自身は他社によって構築されている人間だからです。

「いや、自分は自分自身の考えで生きている」

と思いがちですが、生まれた時から他者の干渉によって構築されているのです。自分自

身が使用している言語も、「うんち」(作中には別の例えですが)という言葉は母親がうんちといっているのを聞いて覚えたのではないでしょうか。

そのように、自分自身は100%自分一人によって構築されているとは言えません。

他にも、地元や会社など様々な要素が自分自身を取り囲んでいるため、なかなか自己破壊に踏み切れないのです。

しかし、他の環境への引っ越しをする過程で2つの環境の狭間で浮いた存在、異質な存在になることこそが勉強の課程ということになります。

 

 

3.勉強によって自由になるとは、キモい人になることである

作中では基本的に言語を用いて、言葉遊びをすることで真理を深めていこうというのがミソです。これまでの環境で通用していた言語、「リンゴ」といえば果物のリンゴを指していたところに、リンゴ=ニュートンなんて話をしだしたら、ちょっとキモいなとなって、更にリンゴ=リンゴンゴンなんて新しい名前を付けだしたらかなりキモい人になること間違いなしです。そんな風に、これまでの言語をそれまでの意味すらを疑うようになれば自己破壊を行うことができるのです。

そして、新しい価値観を再構築していくことができるのではないでしょうか。

 

4.決断主義はダメ

しかし、3のようなケースで収まればよいですが、更に言葉の意味を追求していきすぎて、本来の勉強の目的から外れて意味そのものを追いかけるだけになってしまっては答えは永遠に見つからなくなるでしょう。

そこで、どこかでこれはこういう意味だ!という風に決断してしまってはいけません。

無根拠の状態で決断してしまってはそれより先の答えに到達することができないからです。

では一体どうすればよいかというと、一旦意味を探すことを中断し、他の比較対象と比べていくことです。リンゴ=リンゴンゴンではなく、なぜリンゴは赤いのかなどということで深めていくと、リンゴの姿がより鮮明になっていくことでしょう。

 

 

感想

この本は哲学の本なので、より哲学などを勉強する人にとってはとても当てはまる勉強法だと思いますが、実際のビジネスや学校でどのように適応していこうかと考えました。具体的には、まずこの本は常識や固定概念を疑うことについてかいてあります。

会社であれば、会議でスムーズに同意していく流れがよくあると思います。しかし、本当にそれでよいのかという意見を言う人がいない会社は今後の将来性に少し心配になります。批判する人がいるからこそ、破壊と再構築ができ、より良いサービスにつながると思っています。

本に書いてあるほどに、なんでも深く探求するべきだとは思いませんが、批判や破壊をなくして成長はないと思います。

そのような社会人として誰しもが読むべき本ではないかなと感じだた次第です。

 

関連本

『読んでいない本について堂々と語る方法』

勉強を進めていくと、どんどん真理を極めようとして目的外の方向に進んでいきがちです。読書もおなじように、本は一度読んだら最後まで読まないといけないと思いがちですが、最後まで読む必要はないぞ!!という本です。

 

『積読こそが完全な読書術である』

これも同じく、情報過多な時代で、積読(本を机の上などに積んである状態)をすることで、自分自身の領域を築くことができ、それによって自分自身が必要とする情報を見通すことができるぞ!!という本です。